第1回 ブランシェの生きた時代

さて、第1回では、当シリーズの第1巻にも収録されている「ブランシェのチェンバロ」が作られた時代についてご紹介します。

展示室でもひときわ華やかなオーラを放っているこのチェンバロ。1765年にフランスのパリで製作されたものです。

製作者はフランソワ・エティエンヌ・ブランシェ2世。といっても最初からご存知の方は中々いらっしゃらないかもしれません。ブランシェ家はフランス王室御用達の楽器一家です。特にブランシェ2世のお父さんであるブランシェ1世は、当時の発刊された「百科全書」という本に、パリで最も名声の高いチェンバロ製作者であったと述べられています。もちろん、息子のブランシェ2世もとても優れた製作者でした。


マリー・アントワネットが生きた時代

18世紀のフランスといえば、マリー・アントワネットが生きた時代。このチェンバロが作られたのは1765年ですが、マリー・アントワネット(マリア・アントーニア)がオーストリアで誕生したのが1755年。ヴェルサイユ宮殿で結婚式を行ったのが14歳だった1770年のことですから、この楽器はマリー・アントワネットがフランスに来た頃と同時期に、しかもとても近くに存在していたと考えられます。王室御用達の楽器製作者が作った楽器ですから、もしかしたらヴェルサイユで使われていた可能性もありますね。

マリー・アントワネットの結婚式の様子
マリー・アントワネットの結婚式の様子

ヴィクトワール

ちなみに、フランス王室に嫁いだマリー・アントワネットですが、夫ルイ16世の叔母の一人にヴィクトワールという人物がいます。DVD第1巻に収録されている「ヴィクトワール」は、この人のことを表現した曲なんですよ。

ヴィクトワール・ド・フランス
ヴィクトワール・ド・フランス

ヴィクトワールは、姉妹であるアデライードやソフィーと共に、王太子妃となったマリー・アントワネットに近づき、父ルイ15世の愛人デュ・バリー夫人と対立させるよう仕向けたといわれています(「ベルサイユのばら」にも象徴的なシーンが出てきますね)。
また、父と共に各国を回っていた幼いモーツァルトがヴァイオリン伴奏つきチェンバロソナタを捧げた人物でもあります。
当時は人や物を表現するポルトレ(肖像)音楽が流行していました。音楽に思いを込めるというより、音楽によって物事をいかに美しく表現できるかを追求する。それは俗世と乖離し、美しさを追い求めたヴェルサイユの世界ならではの感覚だと思います。「ヴィクトワール」も、豪華な家具や洋服、貴族たちに囲まれて暮らした王族の華やかさが目に浮かぶような一曲です。


混乱期を生きてきた楽器

このチェンバロが作られた1765年はまだ絶対王政の時代でした。この後フランスでは、フランス革命、二度にわたる世界大戦など、何度も混乱期を迎えます。ブランシェ1世や2世が製作した楽器は世界でも数えるほどしか残っていません。現在、浜松市楽器博物館に展示されているこの楽器は、そういった激動の時代を生き延びてきた楽器です。そんな楽器が、何度か人の手を渡りながらも修復され、21世紀になった現在もその音色を聴かせてくれるというのは、まさに奇跡なのかもしれませんね。


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