第2回 18世紀フランスの作曲家たち

先日、浜松市楽器博物館で行われた中野振一郎さんのコンサートに行ってきました!今回は、なんとブランシェのチェンバロでバッハやウィーン音楽を演奏するという新しい試み。最初は別の収録の合間に冗談で弾いていたとのことですが、この美しい響きは冗談にしておくにはもったいない、ということになったのだそうです。演奏が始まると会場の雰囲気は一変。優雅な18世紀のヴェルサイユから、にぎやかな19世紀のウィーンへ。時代も国も違う異色の組み合わせだけに、「ブランシェ(のチェンバロ)が怒ってしまわないように」と中野さんはおっしゃっていましたが、とても素敵なコンサートでした!

さて、このコーナー第2回はDVD第1巻に収録されている曲の作曲家について、ちょっとだけご紹介します。当時のフランスを代表する面々というと、私はどうしても「ベルサイユのばら」の登場人物を何人か思い浮かべてしまいますが、どんな人々だったのでしょうか。


フランソワ・クープラン(1668~1733)

F.クープランはロココ音楽を代表する音楽家です。クープラン家は代々王室お抱えの音楽一家でしたが、中でもF.クープランは特に偉大な存在と言われています。後世の作曲家にも多様な影響を与えており、ラヴェルの作品の中には「クープランの墓」というタイトルの曲があります。甥のアルマン・ルイ・クープランも作曲家として活躍しましたが、彼はブランシェ家の娘と結婚しています。王室お抱えの音楽家と楽器職人の家という組み合わせ、なんだか素敵ですね。

F.クープラン
F.クープラン

ジャン・フィリップ・ラモー(1683~1764)

ラモーもまたロココを代表する作曲家です。「劇場的な華やかさと旋律美を兼ね備え、鍵盤楽器演奏の名手といえばこの人物」と中野さんも評しています。若い頃は音楽ではなく法律を学んでいたようです。フォルクレが作った「ラモー」という曲があるのですが、こちらは低音がきいた力強い曲になっています。「優しい訴え」は繊細で控えめな女性のような印象があるのですが、作品と人物はまた別物のようです。

J.Ph.ラモー
J.Ph.ラモー

ジャック.デュフリ(1715~1789)

デュフリは当時のフランスでとても人気の高いチェンバロ奏者でした。「三美神」はブランシェの音色の美しさを最大に引き出すことができる名曲。彼が亡くなったのは1789年7月15日、フランス革命勃発の引き金となったバスティーユ牢獄襲撃の翌日です。事件にびっくりしたのでしょうか?きっとその作品のように繊細な人だったんだろうなあと想像しています。


アントワーヌ・フォルクレ(1671/2~1745)

フォルクレはヴィオールの奏者で、彼の息子がチェンバロ用に編曲したのだそうです。「ジュピター」では最後に全能の神ゼウスが雷が落とす描写がありますが、みなさんはどの場所かわかりましたか?彼には「悪魔」というあだ名がつけられていたそうですが、一体何をしたのでしょうか。気になるところです。

A.フォルクレ
A.フォルクレス

250年も前の作曲家たちですが、残された記録から少しずつ人物像が浮かび上がってきます。一度、フランス・ヴェルサイユに行って彼らの足跡を探してみたいなあと思いました。


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