第5回 ショパンとプレイエルのピアノ


今回は、当シリーズ第2巻に収録されている「プレイエルのピアノ」についてです。 このピアノは、19世紀のピアノの詩人フレデリック・ショパンが愛用したことで知られています。プレイエル社の歴史はショパン抜きに語ることはできず、またプレイエルのピアノなくしてショパンの名曲の数々はなかったのではないかと言われるほどショパンとプレイエルのピアノは深い関係性があるのです。

ショパンとカミーユ・プレイエル

ショパンが祖国のポーランドを離れ、1831年に21歳でパリにきたとき、当時のピアニストの第一人者として広く知られ、またプレイエル社の役員として経営にも携っていたフレデリック・カルクブレンナーの演奏を耳にします。ショパンはこの時プレイエル・ピアノの音色の美しさや、静かで表現力豊かで魅力的なタッチに深く魅了されました。 やがてプレイエル社2代目社長、カミーユ・プレイエルによってショパンの才能が見出され、深い友人関係となり、名高いプレイエル社のサロン「サル・プレイエル」での演奏会でショパンは歴史的なパリデビューを飾ります。 ショパンがパリで行った4度の公式コンサートは全て、このプレイエルサロンで行なわれました。 ショパンとカミーユ・プレイエルは、親交を深め、ともに若かりしころロンドンにて豪遊したり、ショパンの結核治療(マヨルカ島での転地治療)の際には、プレイエル社との「24の前奏曲」作品28の出版契約により、プレイエルがその資金援助をしたとも言われています。 また、ショパンの葬儀においてその棺を担いだ四人の内の一人が、カミーユ・プレイエルだったそうです。


ショパン時代のプレイエル・ピアノの特徴

・鍵盤が軽い

・繊細でやわらかく澄んだ音色で、音量があまり出ない反面、弱い音でも音色が変化する

・高音にいくほど音量が小さい

ショパンのピアノ楽譜は、高音域へいくに伴って、クレッシェンドが書かれてることがよくありますが、これは音を大きくするという意味ではなく、プレイエルのピアノで弾く前提で、高音域に移行しても同じボリュームを保つためにクレッシェンドで弾く・・という意味だそうです。

・音色が美しく、「シンギングトーン」と呼ばれる歌声のような伸びのある響き

・鍵盤が完全に上がりきらないと次の音が出ない(連打ができない)

当時プレイエル社と並び、エラール社のピアノも有名でしたが、音量もあるエラールはリストが好んで弾いたことで知られています。エラール社が開発したダブル・エスケープメントの機構(グランドピアノで連打を可能にする仕組み)によって素早い連打が可能になり、それにより、リストが「ラ・カンパネラ」を改訂したと言われています。このダブル・エスケープメント機構は、現在でも世界のグランドピアノで採用されています。

・まるで美術品のように繊細で美しいデザインで、品格が非常に称賛されていた


ショパンのプレイエル・ピアノへの想い入れ

ショパンが晩年(1849年・39歳で死去)所有していたピアノは、プレイエル、ブロードウッド、エラールの三台でしたが、ある弟子に語った「疲れているとき、気分のすぐれないときにはエラールのピアノを弾く。気分が良く体力があるときは、プレイエルのピアノを弾く。」という言葉がとても有名です。 これは決してエラールピアノが劣っていたということではなく、プレイエルピアノが僅かなタッチによってすら応える表現力をもっていたのに対し、エラールは逆に多少乱雑に弾いてもそれなりに破綻せず、美しく鳴るピアノであったからです。ショパンは繊細な自分のタッチを完璧に表現してくれるプレイエルピアノに、とても深い想い入れがあったのです。
28歳の時(1838年)、ショパンは恋人のジョルジュ・サンドとマヨルカ島へ移り、約1年滞在します。これはスキャンダラスな噂が取り巻くサンドと付き合いだしたことによる人々の好奇の目を避けるためと、ショパンの結核療養のためでした。 ショパンのために、滞在先のバルデモーザ修道院にはマヨルカで作られたピアノを運び入れられたのですが、ショパンは「どうしてもプレイエルでないと嫌だ」と言ったそうです。そこでカミーユ・プレイエルに直接交渉し、プレイエルとサンドの資金援助によりプレイエル・ピアノをマヨルカまで届けさせたというエピソードも残されています。


絵画とプレイエル・ピアノ

19世紀のフランスでは、音楽が一般にも広がり始め、特にブルジョア等の裕福な家庭では、その令嬢達にピアノを習わせる事が一つのステータスとなって流行していました。 そんな時代のフランス印象派の代表画家、ルノワール(1841-1919年)は、ピアノを弾く人物をモチーフにした絵画を5点残しています。 最も有名な「ピアノに寄る少女たち」(写真 左)にはプレイエル・ピアノが描かれており、プレイエルが一世を風靡した時代を今に伝えています。

ルノワールとピアノ
Pierre-Auguste Renoir
Girls at the Piano, 1892
プレイエルピアノ
左絵に描かれたプレイエルピアノ、ロマンティカの復刻版
画像:プレイエル社カタログより

当時も今も多くの人々を魅了し続けるプレイエル・ピアノ。
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